結論を先に書きます

生活防衛資金は「何か月分あればいいか」という数字で語られます。その目安の根拠になっていた制度が、去年、静かに変わっていました。雇用保険の給付制限期間が、2025年4月から原則2か月→1か月に短縮されています。土台が動いた以上、「3か月」という数字を根拠を確かめないまま固定しない方がよさそうです。

そしてもう一つ、この記事では調査から言えること/言えないことを分けて書きます。生活防衛資金の話は、数字を並べると関係がありそうに見える場所が多く、そこが一番滑りやすいからです。

観察した事実

金融相談サービス「オカネコ」を運営する株式会社400Fが、2026年4月10日から12日にかけて、同サービスの利用者のうちNISA利用者241人にWEBアンケートを実施しています。すぐに使える現金の保有状況を、月間生活費の何か月分かで尋ねたところ、「1か月分未満」が7.5%、「1〜3か月分未満」が17.4%。合わせて24.9%、およそ4人に1人が、一般的な目安とされる3か月分に届いていませんでした。

同じ調査では、回答者全体のうち78.8%が「計画通りNISAを継続中」、10.4%が「生活費を削ってでも継続中」と答えています。

ここで一度、書きかけて止めたことを正直に書いておきます。「では、生活防衛資金が薄い人たちも、その多くは続けているのだろう」と書きそうになりました。

書けません。この調査が公表しているのは、「現金がどれくらいあるか」の割合と、「続けているか」の割合を、それぞれ別々に集計したものです。「現金が薄い人のうち、何%が続けているか」という掛け合わせの表は、公表されていません。

掛け合わせが無いと、こういうことが起こり得ます。全体の78.8%が継続中でも、薄い層に限れば継続率が極端に低い、という組み合わせは数字の上で成立します(厚い層が押し上げているだけ、という形です)。逆もあり得ます。つまり、この調査からは、薄い層について何も言えません。

2つの割合を並べると、その間に関係があるように見えます。ですが、並んでいることと、関係があることは別です。ここは、数字を使って書く時にいちばん滑りやすい場所だと思っています。

天秤の左に小さな貯えの山、右に日用品が載っていて、支点が右へ移り、元の支点だった位置が薄い輪郭で残っているイラスト
「3か月」を支えていた根拠の位置が、去年 静かに動いていた。

「3か月」の根拠が、去年変わっていた

生活防衛資金の目安が「3〜6か月分」とされる根拠のひとつは、会社員が自己都合で退職した場合の雇用保険・基本手当(失業給付)の給付制限期間でした。退職してから受給が始まるまでの空白期間を、自分の貯えで埋めておく必要がある、という理屈です。

厚生労働省の公開情報によると、この給付制限期間は2025年4月の制度改正で、従来の2か月から原則1か月へ短縮されています。ただし、退職日からさかのぼって5年以内に、正当な理由のない自己都合退職を2回以上している場合や、重責解雇の場合は、引き続き3か月のままです。

3か月・6か月という数字は、こうした制度を土台に組まれた目安です。土台が動けば、目安の意味も変わります。厚めに置いておくこと自体は間違いではありませんが、「3か月」という数字を、根拠を確かめないまま固定しないほうがよさそうです。

では、いくら置くか ── 自分の数字で数える

「いくら」は、月の生活費 × 月数で決まります。どちらも、平均値ではなく自分の数字を入れる所です。

月の生活費は、家賃や保険などの固定費と、食費などの変動費を足した、自分の家計の1か月分です。家計簿があれば、直近の数か月を平らにならした額が向いています。

月数のほうは、会社員が自己都合で辞めた場合の「収入の空白」を、制度の順番で並べると見えてきます。厚生労働省の案内では、次のとおりです(2026年10月時点)。

  • 基本手当の受給資格の決定から 7日間 は待期期間
  • その後に給付制限が始まり、2025年4月1日以降の退職なら 原則1か月(それ以前の退職は原則2か月)
  • 「退職日から遡って5年間のうちに2回以上正当な理由なく自己都合退職し受給資格決定を受けた場合」(厚生労働省の案内の言い方のまま)や、重責解雇の場合は 3か月
  • 2025年4月以降に、リ・スキリングのための教育訓練を受けた(受けている)場合は、給付制限が解除される

制度の空白だけを数えると、原則の場合は1か月と少しです。ただし、この数え方には3つの注意があります。

  • 7日間は「受給資格の決定」から数えます。退職してからハローワークで手続きをするまでの日数と、失業の認定を受けてから振り込まれるまでの日数は、この上に乗ります。現金が入らない期間は、1か月と少しより長くなります
  • そもそも受給資格が無ければ、手当は出ません。ハローワークの案内では、原則として「離職の日以前2年間に、被保険者期間が通算して12か月以上あること」が要件です(特定受給資格者・特定理由離職者は、1年間に6か月以上でも可)。入社して間もなく辞めた場合は、空白は「次の収入が入るまで」全部になります
  • 次の仕事が決まるまでの長さや、手当の額が在職中の給与と同じかどうかは、制度とは別の問題として残ります

自営業やフリーランスで雇用保険の被保険者でない人は、基本手当を受けられないので、この数え方は使えません。収入が止まった時に何か月暮らすかを、自分で決めることになります。

ここから先は私の整理です。現金の余白がある人は、相場が下がった時に、生活費のために投資を売る必要がありません。余白の役目は、増やすことではなく、投資を売らずに済ませることです。 だから「いくら」は、置いた額が多いか少ないかより、「何か月、投資に手を付けずに暮らせるか」で数えるほうが、目的に合っています。

ここから先は、データではなく私の整理です

1
口座を分ける
生活防衛資金と投資用の資金を別口座にしておく。給与振込口座に混ざっていると、いくら投資に回していいか毎回迷う。
2
月に一度見返す
金額を決めて満足せず、月末に残高を確認する。減っていることに気づけなければ、目安の数字は機能しない。

この二つに、上の調査の裏づけはありません。 400F の調査は「現金がどれくらいあるか」と「NISAを続けているか」を聞いたもので、口座を分けているかも、残高を見返しているかも、そもそも聞いていません。 ∴「この二つのほうが金額より効く」と数字で言うことはできません。

ここに書いたのは、目安の数字だけを決めて終わりにすると、決めた日から先が続かないという、家計簿が続かない理由 と同じ構造の話です。データの結論ではなく、整理のしかたの提案として読んでください。

あなたが今、考えているなら

  • 会社員で、貯蓄が心もとないなら:制度上の空白期間は短くなりましたが、転職活動そのものの長さは別問題です。まずは口座を分けることから始めるのが向いています
  • 自営業・フリーランスなら:雇用保険の被保険者でなければ、基本手当は受けられません。収入が止まった時に何か月暮らすかを自分で決め、上の「月の生活費 × 月数」で数えることになります
  • 金額はあるが見返していないなら:数字を増やす前に、月一回のチェックを仕組みにする手もあります(ここは調査の裏づけがある話ではなく、整理のしかたの提案です)

どれが向いているかは、雇用形態と生活のリズムによって変わります。ここは個別判断になります。

外気浴の道具として

生活防衛資金は、投資でも配当でもありません。サウナで言えば、外気浴の椅子に置いてある温度計に近いものです。増えたか減ったかを、時々見るためだけに存在します。

金額を決めた日で満足せず、月に一度、椅子に座って温度計を覗く。誰かのデータがそう言っているわけではありません。 決めた数字が守られているかどうかは、見返さないかぎり誰にも分からない ── それだけの話です。

—— 渋川 整


本記事は情報提供であり、特定の金融商品・サービスの利用を勧めるものではありません。数値は各出典の調査・公表時点のものです。雇用保険の給付制限期間は退職理由・経緯により個別に異なり、正確な内容は最寄りのハローワークにご確認ください。2026年8月時点の情報です。

一次情報(参考)