結論を先に
「医療費控除は、10万円を超えないと使えない」。よく聞く言い方ですが、国税庁の計算式を読むと、半分だけ合っています。
- 基準は「10万円」か、その年の総所得金額等が200万円未満の人は「総所得金額等の5%」です。総所得金額等が120万円の人なら、基準は6万円になります。
- 超えた分は「所得控除」になります。軽くなる所得税は、超えた額そのものではなく、その額に税率を掛けた分です。課税される所得金額が控除の前も後も税率10%の区分に収まる人で、控除が2万円なら、所得税は2,000円軽くなる計算です。実際に還付されるのは、源泉徴収などですでに納めた所得税の範囲です。
- 市販薬が中心の年は、セルフメディケーション税制(対象の市販薬が1万2千円を超えた分)という別の道があります。通常の医療費控除とは、どちらか一方を選びます。
- 申告を忘れていても、還付申告は翌年1月1日から5年間出せます。
2026年10月時点で、国税庁のタックスアンサー(令和8年4月1日現在法令等)を開いて確かめられた範囲だけを書きます。
観察した事実 ── 計算式に書いてあること
国税庁の No.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除) は、控除額を次の式で示しています。
(実際に支払った医療費の合計額 − 保険金などで補てんされる金額)− 10万円
最高で200万円です。そして「10万円」の部分には注があり、その年の総所得金額等が200万円未満の人は、総所得金額等の5パーセントの金額とされています。
ここで言う総所得金額等は、年収そのものではありません。給与だけの人なら、給与の収入から給与所得控除を引いた後の額で見ます。
もう一つ、補てんの扱いにも決まりがあります。保険金などで補てんされる金額は、その給付の目的になった医療費を限度に差し引きます。入院の保険金が入院費より多くても、差額を通院の費用から引く必要はありません。
数字を置いてみる ── 3つの仮の例
以下は計算の形を見るための仮の例です。所得税だけを数え、住民税と復興特別所得税は数に入れていません。
気をつけたいのは、基準(10万円か5%か)を決めるのは総所得金額等、税率を決めるのは課税される所得金額で、別の数字だという点です。課税される所得金額は、総所得金額等から基礎控除や社会保険料控除などを引いた後の額です。税率は国税庁の No.2260 所得税の税率 の速算表(課税される所得金額が195万円未満は5%、195万円から330万円未満は10%)によります。例では、控除の前も後も税率の区分をまたがない人を置いています。
例1:総所得金額等が150万円、医療費が9万円(保険などの補てんは無し)の年
基準は150万円の5%で7万5千円です。9万円から引くと、控除は1万5千円。課税される所得金額に5%が掛かっていて、控除の後も課税される所得金額が残る人なら、所得税は750円軽くなります。還付されるのは、源泉徴収などで納めた所得税の範囲です。「10万円に届かないから無理」と思って申告しなければ、この分はそのままです。
例2:総所得金額等が200万円以上(基準は10万円)、医療費が15万円、保険金で3万円が補てんされた年
(15万円 − 3万円)− 10万円で、控除は2万円です。課税される所得金額が控除の前も後も10%の区分にある人なら、所得税は2,000円軽くなります。15万円払っても、軽くなる所得税は2,000円という桁です。
例3:病院代が5万円、対象の市販薬が3万円(どちらも補てんは無し)の年(基準は10万円の人)
通常の医療費控除では、合計8万円が10万円に届かないので控除はゼロです。セルフメディケーション税制を選ぶと、市販薬の3万円から1万2千円を引いた1万8千円が控除になり、例2と同じく10%の区分の人なら、所得税は1,800円軽くなります。
3つを並べると、分かれ目は「10万円を超えたか」より、自分の基準がいくらかと、どちらの制度で数えるかでした。
セルフメディケーション税制は、条件つきの別の道
No.1129 セルフメディケーション税制 の控除額は、対象の市販薬(特定一般用医薬品等)の購入費から1万2千円を引いた額で、最高8万8千円です。
使うには条件があります。申告する本人が、その年に健康診断や予防接種などの「一定の取組」をしていることです。勤務先の定期健康診断、市区町村のがん検診、インフルエンザの予防接種などが例に挙がっています。家族の取組は条件ではありません。
そして、通常の医療費控除とは選択です。両方は使えません。どちらが多くなるかは、その年の支出を両方の式で計算してから決めることになります。
何が医療費に入るか ── 線が引かれている所
No.1122 医療費控除の対象となる医療費 には、間違えやすい線がいくつも書かれています。
- 風邪薬は対象。ビタミン剤のような予防や健康増進のための薬は対象外
- 健康診断の費用は原則として対象外
- 通院の電車・バス代は対象。タクシー代は、公共交通機関が使えない場合を除いて対象外
- 自家用車で通院したガソリン代や駐車場代は対象外
- 自分と生計を一にする家族の分は、まとめて合算できる(No.1120)
やり方 ── 申告までの手順
- 1年分(1月1日〜12月31日に払った分)を集める。 領収書と、健康保険の医療費通知があればそれも。
- 医療費控除の明細書を作る。 領収書そのものを申告書に付ける必要はありません。明細書を付け、領収書は手元に残します。税務署は、申告期限から5年を経過する日までの間、領収書の提示や提出を求めることがあります。医療費通知を付けた分は、明細の記載を簡単にできます(No.1120)。
- 確定申告をする。 年末調整では医療費控除は受けられないので、会社員でも、受けたい人は確定申告をします。
忘れていた年の分は、還付申告として出せます。No.2030 還付申告 によると、還付申告書は確定申告の期間とは関係なく、その年の翌年1月1日から5年間提出できます。ただし、青色申告特別控除(55万円・65万円)のように、法定申告期限(原則として翌年3月15日)までに出すことが条件の特例を使う場合は、還付申告でもその期限までに出す必要があります。また、源泉徴収や予定納税で納めた所得税が無い人は、申告しても戻る所得税はありません。
一般論として ── 「軽くなる額」を先に見積もる
医療費控除を調べると、「10万円」と「取り戻す」という言葉が並びがちです。けれど計算式を追うと、軽くなる所得税は控除額×税率で、例2のように思ったより小さいこともあります。
だからといって、やめる理由にはなりません。例1のように、基準が10万円より低い人は、知らないまま使わずにいることがあります。
先に自分の基準(10万円か、総所得金額等の5%か)を出し、両方の式で控除額を見積もる。そこまでやれば、申告するかどうかは自分で決められます。
サウナで言えば、外気浴で1年分の出入りを数え直す局面です。急がずに、手元の記録を並べるだけで足ります。
確定申告の期限と、還付申告が5年間出せることは 確定申告はいつまでか を、集計のソフトは 確定申告ソフト3社を、個人事業の目線で整理する を参照してください。
一次情報(公式ソース)
いずれも国税庁のタックスアンサー(令和8年4月1日現在法令等・2026年10月24日に確認)です。
- No.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除) ── 計算式・総所得金額等200万円未満の5%・上限200万円・明細書と5年の保存
- No.1122 医療費控除の対象となる医療費 ── 対象と対象外の線引き
- No.1129 セルフメディケーション税制 ── 1万2千円・上限8万8千円・一定の取組
- No.2030 還付申告 ── 翌年1月1日から5年間(期限が早まる特例あり)
- No.2260 所得税の税率 ── 速算表
※ 本記事は2026年10月時点の国税庁の案内にもとづく一般的な説明で、計算の例はすべて仮の数字です。個別の適用は国税庁の案内か、税理士など登録のある専門家でご確認ください。
—— 渋川 整